初めてもらった賞状

私の家族は、父、母、姉、妹、ワタシを含めた五人家族で、毎日家の中を走り回り笑い声が耐えない仲睦まじい家庭だと感じていました(^^)
ど田舎というわけでもなく、かと言って都会でも無い関西圏で、小学校までは徒歩二分と、かなり立地が良い場所に住んでいました。
両親には一度も勉強をしなさい!と怒られた記憶がありません(゚ω゚)
両親の教育方針は勉強なんか出来なくても良い!子供の好きな事をやらせてやる!と言った感じだったと思います!
父親は建築関係の仕事をしていて、小さな事は気にしない、趣味はお酒とギャンブルと言った、絵に描いたような職人気質な人でした。
一方母親はそんな父親をだらしない!といつも小言を言っているそんな感じです(笑)なんで結婚したんでしょうか(*´-`)?
母親はというと、周りには肝っ玉母ちゃんと言った印象を与えていましたが、家庭の中では内心神経質で、稀に小さな事が気になり落ち込んだりしている姿も子供ながらに見た様な気がします。兄弟の前ではなるべく気丈に振る舞っていたのが印象的です。(;_;)
二つ上の姉がいて絵を描くのがとても上手でした。
四つ下に妹もいて絵を描くのが上手でした。
なぜ絵を描くのが上手かが重要かというと、小学生の時に夏休みや冬休みの宿題、はたまた図工の授業の時に絵画コンクールというものを課題として提出する小学校だったのです。
(どこの学校も同じかもしれませんが。)
毎年の様に絵を描くのが上手い姉と妹はいつも何かしらの賞を受賞して、賞状を片手に嬉しそうに帰宅し、両親に見せていたのでした。
一方私はというと、絵が壊滅的に下手なのです。運動神経はまぁ人並み程度?位だったでしょうか。
とにかく何か賞状をもらえる様な人並み外れた才能という物は持ち合わせていませんでした。
姉と妹が貰ってきた賞状は綺麗な額縁に飾られるのですが、わたしの賞状は小学校内であったカルタ大会のものだけでした(ノ_<)
賞状が取れないからと言って両親から差別を受けたり、バカにされたりなんていう事はなかったのですが、子供ながらにコンプレックスを感じてたのは事実でした。
才能は無いのに負けず嫌いだったのです(´∀`)
賞状が取れないわたし。絵の練習や習字の練習、ひいてはマラソン大会の練習、なんでも良いから姉と妹の様に賞状をもらって額縁に飾って欲しい!!そう思い続けていたのです。
そしてついに小学校五年生の時。神様は見ててくれたのでしょう。
幼稚園から続けて来ていたスイミングスクールの市の大会で、二位に入賞する事ができ、立派な賞状とおまけに銀メダルまで頂くことが出来たのです!(*?-?*)
これには本当に大喜びしたのを覚えています。近所に住む祖父母に見せに行き、両親に褒めてもらい、姉と妹にメダルを見せつけた(姉と妹はメダルはもっていなかったので( ?° ?? ?°))のを今でも鮮明に覚えています。そして立派な額縁に飾ってもらったのでした(°▽°)??
スイミングスクールは姉と妹は飽きてやめてしまっていたので、続けていたのはワタシだけだったのです。

上のコースに進むごとに練習量も増え、泣きながら練習に行った事もありました。
それでもこの日のために頑張って来たんだなと小学生ながらに実感する事ができました。
姉と妹みたいに絵が上手で無くても、何か一つ続けて努力する事はいつか身を結ぶのだと知ったのでした。
今ではわたしも結婚し産まれたばかりの我が子がいるのですが、両親と同じ様な教育方針でやって行きたいなと思っています。
勉強が出来なくても、運動神経が無くても、何か一つ自分の好きな事を突き詰め努力出来る子に育って欲しいなと思います。
そういった意味では職人気質な父親、神経質だけど優しい母親の間で育った私はかなりバランスが取れているのかもしれません。(笑)

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