いつまでも現役でありたい。そう思いませんか?

腰痛とうまく付き合っていく

30歳を過ぎた頃、交通事故が原因で腰椎捻挫になりました。
どのような事故かというと、左から走ってきた車が左後部のトランク箇所に衝突したのです。車は破損し廃車にまでなるほどの激しい衝突でしたが、左後部座席に座っていた私を含めて乗っていた家族は誰1人見かけ上はケガをしませんでした。事故当時は興奮状態だったのでしょう。帰宅して落ち着くと、腰に違和感を覚え始めました。座るだけでジワジワと痛み始め、立ったり歩いたりすると、さらに痛みました。
翌日、整形外科の病院へ行きました。診断の際、ぽんと軽く木槌で痛んだ箇所を叩かれると、悲鳴を上げるほどの鋭い痛みが走りました。
診断の結果は腰椎捻挫でした。直接ぶつからなくても、衝撃が伝わると捻挫するそうです。
その時は「ただの捻挫か、すぐに治るだろうし、ピンポイントで叩かない限り痛くないだろう」と高を括っていました。
しかし、腰というのは普段は意識しなくても、字の通り、体の要部分で、とにかく動作に必ず使う箇所なのです。
立ち上がるというようなちょっとした日常の動作でも、ピキっとした痛みを感じるのです。特に幼い子どもがいたため、抱っこすることが不可欠だったのですが、持ち上げるのもしんどく、長時間抱っこ紐を使って動くことなど到底できませんでした。抱っこ紐は腰と肩でホールドして使うのです。そのことを医師に相談をすると、すぐさまコルセットを作成することになりました。コルセットの使い心地は、いわゆる市販されている骨盤矯正ショーツとは比較できないほど使い心地は良くありません。丈夫な分、非常に硬く分厚いです。しかしホールド力も強いので、抱っこ紐を使用することもできるようになりましたし、持ち上げるという動作が軽くなりました。
さらに薬として、ゼポラステープという湿布とエペリゾン、ロキソニンを処方されました。
その中でもゼポラステープは貼ると、痛みが緩和されて随分楽になったと記憶しています。市販の湿布よりもずっと即効性があります。一日中つけて過ごしていました。ロキソニンは胃が痛くなるので、本当に痛みを感じる時のみの使用でした。
もちろん通院して、ローラーと低周波治療器の治療も行いました。
結果的に3ヶ月程度通院で、ちょっとした動作で痛んでいた腰も元通りになりました。

しかし、今思えば、このDVDを見ておけば、もっと良かった思います。

腰痛治療 大阪

どれが良かったというのではなく、全て併用していたのが快方理由だと思います。
捻挫は完治したと言えますが、その時からウイークポイントにもなりました。平たく言うと、疲れが1番に出るのが腰です。

すぐに腰痛になるし、カチカチに強張るようになりました。今まで腰が凝るということはなかったのにです。また体を反らせるという単純動作でも腰が痛みます。医者からは加齢も原因の一つだと言われましたが、骨折とは違い、捻挫はその箇所を弱くするとのことでした。
とは言え、日常生活に支障はないので、痛みを感じた夜などは市販の湿布を貼ったり、バンテリンを塗ったりして過ごしています。
他にもお風呂で軽いストレッチやマッサージをして、腰の血行を良くするように意識しています。
これからも簡単に出来ることで、腰を労っていきたいと思います。

夏野菜ゴーヤのツナの卵とじでごはんが進みます♪

夏になると美味しくて独特の風味のある野菜がたくさんスーパーに並びますが一番初夏から晩秋にかけてよく使って料理するのはゴーヤです
独特の南国風の苦味がやみつきになってしまう美味しさですね
良い状態のゴーヤに出会うのは実はちょっと難しかったりします
ゴーヤを選ぶのを失敗したことはありますか?
一度すごく驚いたのですがゴーヤの種をとるために半分にカットすると中が赤く気味悪くなっていてたぶん熟れすぎているのではないかと思いますが気持ち悪くて食べられませんでした。
実がしっかりかたいゴーヤの緑が青々としているものを目視になりますがちゃんと見て選ぶようにしています。

調理方法はシンプルでゴーヤの苦味がうま味としてちゃんと味わえるようなものが理想的だと思います
ゴーヤの実は苦味が残るように火を通し過ぎない事が大切だと思いますが一番気に入っている調理法は蒸し炒めですね
うま味やゴーヤの苦味が逃げなくてそのままの美味しさが味わえるので大抵の野菜は蒸し炒めにしてしまいますが特にゴーヤには適していると思います
フライパンに小量の水と塩でアルミ箔で落し蓋をして炒め上げの固さを調節しますが失敗がないのとかなりの時短でできるところが最高です
味付けは基本的に塩味がさっぱり感があってお気に入りです
夏野菜の滋味独特の風味を味わうにはあまり強い調味料は向かないような気がしますので美味しい塩なんて使うと贅沢で素敵ですね!
あわせるのはベーコンも美味しいですがツナをあわせると夏の食欲がないときでもとても美味しく頂けます
それに卵を溶いたものをサッと回しかけて卵とじにするとゴーヤの苦味やうま味、栄養を全て逃さず食べてしまうことができてしまいますね♪
夏野菜に関してはゴーヤに限らず腐りやすい傷みが早いものが多いような気がしますのでできれば新鮮なものを買い求めるのが相応しいでしょう
そのためには町のスーパーでも入れ替えの早い,要は客数の多い,食材の鮮度がいつも良い状態のスーパーを選んで買い物をするようにしています
新鮮であることが一番大切だと思いますのでサラダにしても食べられるぐらいの鮮度の良いものをいつも買うように気をつけています
値段は相場的には198円だと思いますがちょっと季節を外れると200円以上になります
夏の旬の時期でも100~200円だと思います
外食では沖縄料理のお店で一度は食べてみたいですね!たとえばソーキソバと一緒に頼んだりして…
実はゴーヤチャンプルを外食では食べたことはありませんが下北沢に人気の沖縄料理のお店があって食事してみたいと思っています
家で作るときは私は豆腐を入れませんのでゴーヤチャンプルにはなりませんがゴーヤの卵とじは大のお気に入りメニューでよく作っています♪

背中ニキビを放置した結果、恥ずかしい思いを…。

私のかつての出来事です(;へ:)

私は若い頃からニキビでも悩んでいました。
しかも、私の場合は顔ではなく背中です( ̄Д ̄;)

顔のニキビではほとんど悩む事がなかったのに、背中には常にニキビがあったのです…(+o+)
いつ頃からニキビに悩まされたのかは思い出せませんが、
社会人になってから特にひどくなったので、これも大人ニキビの一種なのかもしれません。
普段はあまり人に見られる機会もないので、あまり気にしていませんでしたが、
夏になると、汗をかくこともあり、かなり悪化してしまいます。
そんな暑い時期にニキビが酷い事になってしまったのです┌|゚□゚;|┐

ある時から、シャツの背中部分に汚れがつくようになってしまいました。
なんだろうとは思っていたのですが、大して気にしていませんでした。
ところが、仕事中に同僚から「シャツの背中に汚れがついてるよ」と言われたのです。
しかも、男性の同僚…。
トイレに行って鏡を見ると、背中に血のような汚れが…Σ(゚д゚;)
このところ、気にはなっていたけど…(・・∂)

ふと思い当たる事がありました(゜o゜;;
それは、背中のニキビ。
最近、痛い時もあるとは思っていたけど…。
そして、帰宅して背中を見てみると、予想通り、ニキビがつぶれて出血していたのです。
それがわかった途端、同僚からの指摘が恥ずかしくなってしまいました(T-T)

そういえば、ここ数年、水着になる事もなかったので、背中がどんな状態でも、特に困った事もありませんでした。
そんな気持ちも、ここまで悪化させてしまった原因かもしれません。
この状態のままだと洋服も汚れてしまい、不潔な印象を与えてしまいます。
そして、よく見るとシーツもニキビの汚れがついていました(┰_┰)

とりあえずは、応急処置的に絆創膏をニキビに貼りましたが、これでは通気性が悪く余計に悪化してしまいます。
そこで、根本から何とかしないと思い立ったのですp(・∩・)q

その後は、背中のニキビケア方法を調べて、ピーク時よりは落ち着いています。
でも、ちょっと油断をすると、すぐにニキビは再発してしまいます。
出来るだけ、清潔に衣服の生地も気をつけるようになり、
洋服に汚れがつくような事はなくなりました(v^-^v)
背中ニキビは、人にも自分の目にもつきにくい部分です。
だから、ケアを後回しにしてしまいがちです。
でも、酷くなってからでは、ケアも大変です。
あんな恥ずかしい思いはしたくないので、あれ以来、きちんとケアをするようになりました( ̄ー ̄)v

それで、この前、偶然見つけたのですが、世の中にはもっと深刻な背中にきびで悩む人がいるものですね。⇒

http://xn--68j9i9c7a5242ars3a0ikb82b.club/

 

なかなか凄いことが書いてあります。でもハッピーエンドで良かったです。

初めてもらった賞状

私の家族は、父、母、姉、妹、ワタシを含めた五人家族で、毎日家の中を走り回り笑い声が耐えない仲睦まじい家庭だと感じていました(^^)
ど田舎というわけでもなく、かと言って都会でも無い関西圏で、小学校までは徒歩二分と、かなり立地が良い場所に住んでいました。
両親には一度も勉強をしなさい!と怒られた記憶がありません(゚ω゚)
両親の教育方針は勉強なんか出来なくても良い!子供の好きな事をやらせてやる!と言った感じだったと思います!
父親は建築関係の仕事をしていて、小さな事は気にしない、趣味はお酒とギャンブルと言った、絵に描いたような職人気質な人でした。
一方母親はそんな父親をだらしない!といつも小言を言っているそんな感じです(笑)なんで結婚したんでしょうか(*´-`)?
母親はというと、周りには肝っ玉母ちゃんと言った印象を与えていましたが、家庭の中では内心神経質で、稀に小さな事が気になり落ち込んだりしている姿も子供ながらに見た様な気がします。兄弟の前ではなるべく気丈に振る舞っていたのが印象的です。(;_;)
二つ上の姉がいて絵を描くのがとても上手でした。
四つ下に妹もいて絵を描くのが上手でした。
なぜ絵を描くのが上手かが重要かというと、小学生の時に夏休みや冬休みの宿題、はたまた図工の授業の時に絵画コンクールというものを課題として提出する小学校だったのです。
(どこの学校も同じかもしれませんが。)
毎年の様に絵を描くのが上手い姉と妹はいつも何かしらの賞を受賞して、賞状を片手に嬉しそうに帰宅し、両親に見せていたのでした。
一方私はというと、絵が壊滅的に下手なのです。運動神経はまぁ人並み程度?位だったでしょうか。
とにかく何か賞状をもらえる様な人並み外れた才能という物は持ち合わせていませんでした。
姉と妹が貰ってきた賞状は綺麗な額縁に飾られるのですが、わたしの賞状は小学校内であったカルタ大会のものだけでした(ノ_<)
賞状が取れないからと言って両親から差別を受けたり、バカにされたりなんていう事はなかったのですが、子供ながらにコンプレックスを感じてたのは事実でした。
才能は無いのに負けず嫌いだったのです(´∀`)
賞状が取れないわたし。絵の練習や習字の練習、ひいてはマラソン大会の練習、なんでも良いから姉と妹の様に賞状をもらって額縁に飾って欲しい!!そう思い続けていたのです。
そしてついに小学校五年生の時。神様は見ててくれたのでしょう。
幼稚園から続けて来ていたスイミングスクールの市の大会で、二位に入賞する事ができ、立派な賞状とおまけに銀メダルまで頂くことが出来たのです!(*?-?*)
これには本当に大喜びしたのを覚えています。近所に住む祖父母に見せに行き、両親に褒めてもらい、姉と妹にメダルを見せつけた(姉と妹はメダルはもっていなかったので( ?° ?? ?°))のを今でも鮮明に覚えています。そして立派な額縁に飾ってもらったのでした(°▽°)??
スイミングスクールは姉と妹は飽きてやめてしまっていたので、続けていたのはワタシだけだったのです。

上のコースに進むごとに練習量も増え、泣きながら練習に行った事もありました。
それでもこの日のために頑張って来たんだなと小学生ながらに実感する事ができました。
姉と妹みたいに絵が上手で無くても、何か一つ続けて努力する事はいつか身を結ぶのだと知ったのでした。
今ではわたしも結婚し産まれたばかりの我が子がいるのですが、両親と同じ様な教育方針でやって行きたいなと思っています。
勉強が出来なくても、運動神経が無くても、何か一つ自分の好きな事を突き詰め努力出来る子に育って欲しいなと思います。
そういった意味では職人気質な父親、神経質だけど優しい母親の間で育った私はかなりバランスが取れているのかもしれません。(笑)

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